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夏の終わり、燃える灯台|小浜
9月下旬、午前5時。
福井県大飯郡高浜町にある、高浜漁港。
港はまだ深い闇の中にあり、わずかに灯る照明を頼りに歩く。肉眼でどうにか周囲を捉えられるほどの暗さ、慎重にカメラのピントを合わせる。



じきに、厚い雲と共に空が白んできた。広い漁港にはすでに何人かの釣り人がいる。
竿を振るたび、夜明け前の静かな水面に、かすかな音が響いていた。



高浜町は福井県の最西端に位置し、京都府と境を接している。日本海に面した町には長い砂浜といくつもの港があり、海と人々の暮らしの近さを感じる。
高浜漁港もまた、この町の漁業を支える場所のひとつだ。鷹島や稲島へ続く橋の周辺には釣り場があり、この朝も漁港のあちらこちらに釣り人の姿があった。

休日の港には、働く人の姿こそ見当たらなかったが、置かれているさまざまな漁具には、ここで営まれている仕事の気配がたしかにあった。



港の片隅に残されている、長いあいだ使われてきた浮きや網。
無造作に積まれたものもあれば、ひとつずつ、きちんと並べられたものもある。
実用のために置かれただけの道具、しかしその色や形、重なり方といった佇まいにはどこか芸術的なものを感じる。




空が明るくなるにつれ、港を行き交う人の姿も増えてきた。
裏手に広がる家々の方から、自転車に乗った男性が通り過ぎる。




漁具の置かれた建物を抜けると、その先には海と灯台が見えた。

橋によって結ばれた稲島へ向かって、釣り竿を持った二人が歩いていく。
大きな荷物もなく、慣れた足取りで、二人は海の方へ進んでいった。

港のすぐ裏には、人々の暮らす町がある。
軒先で水を撒く男性。洗濯物を手にする女性。朝の散歩へ出かける人。家々の間を縫うように延びる、細い路地。





不慣れな町を歩く旅人の前に現れた、一匹の黒猫。
先へ進んでは時々振り返り、こちらが歩き出すのを待っている。
整えられた観光地ではない、静かに繰り返す朝の暮らしの中を案内してくれた。

町をぐるりと一周すると、海水浴場に辿り着いた。
時刻は朝8時を少し回っている。
海から戻ってくるサーファー。愛犬を連れて歩く人。並んで海を眺める人。砂浜に小さく打ち寄せる波。



もう終わりかけていた夏のそばには、過ぎていく季節を名残り惜しむように、それぞれの時間を過ごす人たちがいた。
歩いた道は再び漁港へと続いていた。車へ乗り込み、小浜市へ向けて走らせた。

海岸沿いにあるマーメイドテラス、その隣にある駐車場に車を停めた。
並んで海を見つめる二体の人魚像は、小浜に伝わる八百比丘尼の人魚伝説にちなんでおり、その先には小浜湾が静かに広がっている。
ここから少し西へ。かつて茶屋町として栄えた三丁町を目指して歩く。

三丁町は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている小浜西組の一角にある。
小浜は古くから、日本海と京都を結ぶ港町として栄えてきた。町には京文化の影響を受けた、間口が狭く奥行きのある町家が残っている。なかでも三丁町は、かつての茶屋町の面影を色濃く伝える通りだ。




老舗の工房、古い家の造りを生かした新しいレストラン。
瓦屋根と格子戸が連なる町並みは、時代と共に役割を変えながらも、懐かしい空気が宿っていた。


町家の軒先には、朱色の小さな飾り、「身代わり猿」が吊るされている。
手足をくくった猿の姿をかたどったこの飾りは、庚申信仰に由来する「くくり猿」で、災厄を代わりに背負ってくれるものとされている。
一つだけ静かに吊るされたものもあれば、軒先を覆うほど多く奉納された場所もあった。



通りを歩いていると、椅子を持ち寄り、家の前で話に花を咲かせる女性たちに出会った。
その少し先では、一人の男性が「どこから来たんですか」と声をかけてくれた。
足を止めると、男性はこの町の歴史について話してくれた。



海岸沿いの駐車場へ戻った頃には、陽が傾き始めていた。
この日は朝から厚い雲に覆われ、ときおり小雨も降っていた。そろそろ撮影を終えようかと考えていたそのとき、ふいに雲の切れ間から光が差し込んだ。
明るく照らされた曇り空の下に、やがてうっすらとオレンジ色が混じり始めた。

空は、驚くほどの速さでその色を変えてゆく。
慌てて車からカメラを取り出し、海の方へ歩き出す。


どこへ向かうのかは決めていなかった。
ただ、目線の先に小さく灯台が見えた。
打ち捨てられた古い船。水面に映る空。海を撫でるロープ。
立ち止まるたびにシャッターを切りながら、灯台を目指した。

灯台へ辿り着くと、太陽は厚い雲の下から抜け出し、水平線の向こうへ身を隠す寸前だった。
釣り人の向こうで空が燃え、海も灯台も赤く染まる。
言葉を失うほどの、鮮やかな夕暮れ。この記事を書いている今も覚えている。

夕焼けは思考を奪い、シャッターを切ることさえ忘れさせてしまう。
ファインダーの前を一羽の鳥が横切り、ふと我に帰る。
そしてその直後、空はひときわ明るさを増した。
高浜から小浜へ。夏の終わりは、燃えるような光の中で静かに過ぎていった。


