JOURNAL #3 郡上八幡 / 岐阜 2026年9月

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水の音に包まれる|郡上八幡

旧庁舎記念館そばの駐車場に車を停める。

橋の下には、川幅の広い吉田川が横たわっている。並んだいくつかの灯りが橋の両脇に立ち、ぼんやりと周囲を照らしている。眼下を流れる川がつくる白い泡だけがわずかに見え、流れる音だけが山間の町に静かに深く響いている。

朝5時。9月も終わりに近づき、陽が昇るのもずいぶん遅くなった。ほんのひと月前、京都の伊根を訪れたときの記憶が甦る。同じ時刻でも、慌ただしく撮影の準備をしたものだった。

しばらくの静寂のあと、山の間から見える空が青く色づき始める。闇に隠れていた道の輪郭を早朝のランナーがなぞって通り過ぎる。

おぼろげに浮かび上がってきた道を辿り、旧庁舎の裏から続く「いがわ小径(こみち)」へ降りる。

すれ違うのがやっとというほどの細い道は家々の裏を縫うように続き、その脇を澄んだ用水が流れている。

まだ陽の届ききらない小径には水の音だけが響き、町のなかに入り込んだというより、家々の隙間を流れる水のなかへ降りていくような感覚を覚える。

水のなかでは、色とりどりの鯉が丸々とした大きな身体を寄せ合っている。

冷たい流れにゆっくりと尾を揺らすその姿は、まだ眠りについているようにも思える。人の暮らす家々のすぐ裏側を、これほど豊かな水と魚が通っているとは、まさしく「水の町」と言える。

水の町で出会った、あどけない瞳の猫。

こんな時間に、見慣れない人間と出会って不思議そうな顔をしている。

朝も早くから騒がしいのはお互いに御免だろう。

距離を保ったまま、「ちょっと邪魔するよ」と静かに声をかけた。

小径を抜け、吉田川を渡り、早朝の町を歩く。

川沿いでは、朝の散歩をする人をちらほらと見かけるようになった。

それぞれの一日が、水の音とともに始まっていく。

郡上八幡は、山と川のあいだに家々が集まる、小さな城下町だ。

町の中心を東西に吉田川が流れ、そこへ南北を流れる小駄良川が合流する。通りから一本奥へ入れば細い水路が現れ、家々の裏にも、軒先にも、水の流れが入り込んでいる。

家並みのそばに置かれた自転車。まだ開いていない店の窓を覆う草木。古い建物を飾る大きな柳の枝。風情に溢れた町は、どこを切り取っても画になる。

「水の町」と呼ばれる郡上八幡。その象徴のひとつが、本町にある宗祇水だ。

宗祇水は、環境省の「名水百選」で第一号に指定された湧水だという。

柳の葉の向こうに、小さな祠と注連縄が見える。名水という言葉から想像していたものよりもずっと静かで、この町を流れる水と同じく、自然に景色の中へ溶け込んでいた。

陽が高くなるにつれ、町の日常がはっきりと見えるようになってきた。

吉田川に入り、流れのなかに立って釣りをする人。黄色い帽子をかぶり、長い影を連れて学校へ向かう子どもたち。

暖かな朝の光が川面や道を照らし、人の姿を一人ずつ浮かび上がらせる。

早朝には水の音しか聞こえなかった町には、いつの間にか暮らしの音が重なっていた。

町の中心を離れ、尾崎町にある清水で喉を潤す。

山から湧いた水は、昔から共同の水舟や井戸として、この辺りに暮らす人たちの手で守られてきたという。水場の傍らには、小さな水神が祀られていた。

やわらかく冷たい水は、身体に染み渡る、という言葉がよく似合う。

蛇口をひねるよりも先に、山から流れてきた水をそのまま飲める。これがどれほど贅沢なことなのか、冷たさが喉を通るたびに思う。

町のあちらこちらで、見かけた彼岸花。

桜の時期でさえも花を目当てに写真を撮りに行くことはないのだが、草木の間に隠れるようにして覗かせる、控えめな鮮やかさが気に入った。

まだ暑さの残る光のなかで、その赤だけが秋の訪れを知っているようだった。

郡上八幡には、さほど広くない町のなかに、いくつもの寺が存在する。

町を縦断する小駄良川に沿って本町を歩き、そのまま職人町へ向かう。軒先には防火用のバケツが下がり、古い家並みと、そこで暮らす人の姿が続いている。

職人町で出会った男性と話していると、「大乗寺へ行ってみるといい」と教えてくれた。

予定していた道ではないけれど、知らない町を歩いていると、誰かの何気ない一言が次の行き先を決めることがある。

小駄良川を渡り、大乗寺へ向かう。

境内へ入ると、それまですぐそばで聞こえていた人や車の音が遠ざかるのがわかる。

大乗寺は、1603年、かつて尾壺城があった場所に建てられた寺だという。幾度もの大火をくぐり抜けてきた山門を抜けると、木々の影のなかに本堂が静かに立っていた。

苔をまとった鬼瓦。白い壁。井戸のそばには、年季の入った道具が残されている。

観光地を巡るために歩いていたのなら、ここへ来ることはなかったかもしれない。

町で出会った人の一言に導かれて訪れた、予定になかった場所。旅先で道を尋ねたり、誰かの話を聞いたりすることの面白さは、こういうところにあるのだと思う。

日差しが強くなる時間を避け、しばらく休息をとった。

陽が傾き始める前に、もう一度町へ出る。

川には変わらず釣りをする人がいたが、光が変わるだけで町の雰囲気はどこか違って見える。

朝には影のなかに沈んでいた家々の壁が明るくなり、通りの奥まで光が届いている。早朝にはほとんど人のいなかった道にも、歩く人の姿が増えていた。

同じ町を同じ日に歩いているのに、見えてこなかったものが次々と現れる。

早朝の青い空気をまとっていた、いがわ小径はどうなっているだろう。

朝には暗がりのなかにあった水路へ、今はやわらかな光が差している。鯉たちは変わらず、流れに身を任せながら、ゆったりと大きな身体を動かしていた。

どこまでも続く水路、家々、そして道。変わらない街並みが見せる、朝とは別の表情だ。

細い道が複雑に入り組むこの町では、行き先が分からず立ち止まる旅人の姿も見かける。

同じ町を歩く旅人同士、放ってはおけないような気持ちになり、声をかけた。

分かる範囲で道を伝え、それぞれ別の方向へ歩き出す。

ほんの短いやり取りでも、知らない土地で交わす言葉は、不思議と長く記憶に残る。

西日の差す町は、朝とは比べものにならないほど多くの人で賑わっていた。

橋を渡る人。朝はまだ開いていなかった店。夕方の光に目を細めながら歩く人。

強い光と深い影のあいだを、人々が行き交っている。

やがて、自転車に乗った学生たちが通り過ぎていった。

白いシャツが西日に照らされ、長く伸びた影と一緒に家路を急ぐ。

朝、黄色い帽子をかぶって学校へ向かっていた小学生たちも、今頃は家に帰ったのだろうか。

旅先で見かけた一瞬の姿に、その前後の時間を想像する。

朝に出会った人々と夕方の町を繋いでいるこの町の暮らしがひとつになる瞬間だった。

賑わう通りを離れ、川沿いへ降りる。

太陽は山の向こうへ傾き、町と川をオレンジ色の光で染めていた。

流れる水と岸辺の草木が、深い青と緑を保っている。暖かな光と冷たそうな水の色が重なり、朝とは違う表情の吉田川が目の前に広がっていた。

川のなかには、まだ釣りを続ける人がいる。

長い竿が流れの上に伸び、白い泡立ちがその小さな姿を取り囲んでいる。

足元では、細い流れが石の間を縫っている。

陽の当たる葉だけが明るく浮かび、通り抜ける風に合わせて、草木の影が水面で揺れた。

見上げた山の向こう、八幡山の上に郡上八幡城が見えた。

木々の間から姿を覗かせる白い天守を、流れる雲がゆっくりと通り過ぎていく。

紅葉の時期には、白い天守が真っ赤なモミジに染まる。

「天守炎上」と喩えられるその景色、いつか見てみたいと思う。

朝からずっと、この町では水の音を聞いていた。

暗闇の吉田川。家々の間を流れる用水。宗祇水と尾崎町の清水。そして、夕方の光を映す小駄良川。

町の人々が目覚め、学校へ行き、働き、家路に着き、そして眠る。

この町は、その全てが水の音と共にある。

郡上八幡。

水と共に流れてゆく穏やかな時間、本当に素敵な町だった。

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